コラム

福井ひかり法律事務所の弁護士によるコラムです。

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弁護士業務に対するデジタル化の影響

2006年、ロースクールを卒業して多少時間もでき、母校の経済学のゼミにいくつか参加させてもらっていた時、伊藤元重先生(東京大学名誉教授)から大変面白い本を紹介してもらいました。イアン・エアーズ「その数学が戦略を決める」です。
その本は、大量の情報とそれを分析する数学・統計学の威力を、様々な分野で示したもので、例えば日照量と降雨量といったいくつかの基本的データからワインの価格を高い精度で予測する方程式や犯行現場の情報から連続殺人犯の住所を予測する方程式といった、つい「へ〜」と言いたくなる面白い事例が数多く紹介されていました。
 
その中で、将来弁護士になるつもりだった私にとって衝撃的だったのは、あるアメリカの学者が、アメリカ最高裁がどういう判決を下すかを予測するチャートを作っただけでなく、その予測精度と、有名なロースクールの教授や著名な弁護士などアメリカを代表する法律家が同じ内容について予測した場合の予測精度とを比べたら、学者のチャートの方が精度が高かったということです。
その時以来、自分もなんとなくあると思っていた「偉い法律家のみが分かる法律学の神髄」といったものに対する幻想は失われ、法律学といった分野においても、科学によって結果を予測したり法律や契約書を作ったりする時代が来るかもしれないとなんとなく思っていました。
 
その後実務について留学から帰ってきたとき(本を読んでからちょうど10年です)、私が東京で所属していた事務所では、翻訳や契約書の条項の提案をAIで行うというソフトの導入が徐々に始まっていました。さらに、一緒に働いていた後輩の弁護士がその事務所から出資を受けてまさにそういった業務を提供する会社を設立したというニュースも続きました。
(手書きをしないといけなかった昔と違い、パソコンで簡単に文書を作れるようになったために)ITの進展とともに、弁護士が扱う文書の量はどんどん増えていますが、技術の進展で弁護士の仕事は却って減るのではないか、そんなことさえ語られるようになりました。
 
しかし、私は、本質的な部分で弁護士の仕事はなくならないと思います。
確かに、結果を予測し又は定型的な条項を作るといった分野はAIに置き換えられていくでしょう。しかし、そもそもどういった制度さらには社会が望ましいかを考え、依頼者や相手方その他関係する人たちの思いをくみ取って、妥当な結論を出し、それを基にみんなを説得していくというのは、AIがなし得るとは思えません。
 
私たちの事務所では、IT化を積極的に推進していますが、それはそういった本質的な部分に注力するためであり、その思いは今後も変わらず持ち続けたいと思います。